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「奪い合えば足りず、譲り合えば余る」ベテラン税理士に聞く遺産相続の心得
あなたは「遺産相続」に、どんなイメージを持っていますか?「お金持ちの世界の話で、自分には関係ない」なんて思っている人も多いのでは?
実はここ数年、相続税の相談件数が急増しているんです。その理由の一つが、平成27年に行われた相続税法の改正。この影響で、相続税を申告する人数は平成26年分の5万人から平成29年分の14万4千人(納税額がある申告件数11万2千人+税額のない申告3万2千件)、2.8倍に増加しました(※1)。つまり、相続税に関係のある人がググッと増えたと言えるのです。
相続税の申告期限は、亡くなったことを知った日から10ヶ月以内です。「相続税なんて他人事」と思っていたら、思いがけず申告が必要になり大慌て!なんてことになりかねません。
相続人になったら、何をすればいいの? 相続人同士ってやっぱり揉めるの? そんな疑問について、遺産相続のプロである税理士の田中耕司さんに答えてもらいました。
- ※1 参照:国税庁HP「平成29年分の相続税の申告状況について」
話を聞いた人:税理士 田中耕司
2005年に税理士法人日本税務総研設立 。国税専門官5期生、国税局勤務後、信託銀行に転職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査 実務にも通じた資産税の専門家。金融商品や信託税制にも明るい。
自称・相続税の専門家に要注意!
平成27年の相続税法の改正によって、基礎控除(※2)の金額が引き下げられ、相続税を申告しなければならない人が改正前よりも増えたんです。
現代は少子高齢化であるだけでなく「多死」の時代でもあります。30年ほど前までは年間に亡くなる方は80万人程でしたが、現在は137万人を超え(※3)、亡くなる人数がピークを迎える2025年には、年間165万人程になるだろうと予想されています。
- ※2 相続税の課税最低限。正味遺産が基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)を超えると相続税の申告が必要。
はい。相続税に関する仕事が増えたことで、「相続税の専門家」を自称する税理士がたくさん現れました。
簡単にいうと相続税の経験が乏しい税理士のことですね。実は、そういった税理士に不備の多い申告書を作られて余計な税金を負担している人がけっこういるんです。
自称・専門家は「安く申告書を作ってあげるから、財産明細を持ってきてくださいね」と言いがちです。財産明細とは、相続税の対象となる財産についての書類です。ただ、亡くなった方の財産は往々にして複雑です。
ざっと挙げるだけでもこれくらいあります。
銀行預金、不動産、保険、上場株式、非上場株式、同族会社に対する貸付金や借入金、保険に関する権利、過去の「贈与税の申告をしていない贈与」、あげたつもりになっているが「実はあげていない子や孫名義の預金」、相続時精算課税制度を適用した10年以上前の贈与、入院した日や亡くなる直前に引き出された預金 など
ご覧の通り多岐にわたるため、素人が漏れなく揃えるのは、案外、難しいんです。つまり、ただ「財産明細を持ってきて」と言うのは、相続人に財産を調べる作業を丸投げしているのと同じなんですね。本来なら税理士と相続人が協力して、申告漏れのないように作業するべきなんです。
しかし、一般の方には申告書にミスがあったとしても、見抜くことができません。しばらくは何も起こりませんが、申告が終わってから2年後くらいに、税務署の調査が入り、調査官から申告漏れがあることを指摘されます。
そしてペナルティとして追加の税金(加算税や延滞税)を納めなければならなくなります。相続税の申告書のうち、3割くらいが調査の対象になり、その8割が修正申告を指導されています。
申告漏れが発覚しても「自分が税理士に財産の明細をしっかりと報告しなかったのが悪い」と泣き寝入りする人がほとんどです。
でも、調査で指摘されないようにするのが税理士の仕事。そんな目に合わないように、相続案件の経験が本当に豊富な税理士に依頼することが大切なんです。
遺産相続で見落としやすい財産とは?
例えばレストランでは、自分は何もしなくても、注文するだけでプロのサービスが受けられますよね。でも、相続税の申告は、相続人の協力がなければ税理士は何もできません。
亡くなった人がどんな人か、どこで生まれてどんな経歴なのか、いつ頃までどれだけの収入があったのか、離婚歴はあるのか、前妻の子どもがいるのか、借金は残っていたのかなど家族しかわからないことがたくさんあります。
財産に限っても、銀行や、証券会社などの残高や、死亡保険の内容などを税理士が単独で問い合わせて調べることはできません。
申告漏れを防ぐために、出生から亡くなるまでの経歴、亡くなった時の状況、親戚に商売をしている人がいるかなどを事細かにうかがい、相続人と一緒に作業を進めていくことが必要なのです。このような作業をきちんとできるかどうかが税理士の経験値なのです。
典型的なものは、保険に関する権利です。亡くなった方が、妻や子を対象に「養老保険(※4)」の保険料を支払っていたとします。契約者が亡くなった場合は、解約するか、誰かが手続きをして契約を継続します。
これを「保険に関する権利」と呼んでいるのですが、相続税がかかる財産(※5)なのです。一般の方は、このことに気が付かないので、保険証券が自宅にあるのを見つけたとしても、それが申告しなければいけない「財産」だとなかなか認識できないのです。
- ※4 生命保険の一種。被保険者が死亡したら保険金が支払われる。満期になれば、死亡していなくても死亡時と同額の保険金が支払われる。
- ※5 評価は、相続開始時点で解約したとした場合の「解約返戻金」の相当額
また、家族の知らないところで、亡くなった方が親戚の会社の株主になっていたというケースもあります。優良な会社だったら、株の総額が何千万円にものぼることもあるのです。
財産の流れは、亡くなる前の病歴でも変わります。長い間、入退院を繰り返していた人は、死後に備えて家族に財産の詳細を明らかにしていることが多い。しかし、突然亡くなった方は、ご本人以外はどこにどんな財産があるか把握していないことがあります。だからうちの税理士は、亡くなった方の病歴や、生前の状況を詳しくお聞きするんです。
申告から漏れやすい財産は、税務署が調査するポイントでもあります。豊富な経験があるからこそ、そこをあらかじめカバーすることができるんです。
優秀な調査官は、独自に工夫して相手の表情から嘘を見破る工夫をしています。最初に、答えが分かっていることをいくつか質問します。正しい答えがわかっているのですから、相続人が嘘をついたらすぐに分かりますよね。その時の「嘘をつく表情や仕草」を見ています。大げさに言うと、優秀な調査官は『刑事コロンボ』並みの洞察力を持っているんですよ。
重加算税というペナルティが発生しますし、悪質な場合は刑事責任を問われる場合もあるんですよ。税務署の調査官は「質問検査権」といって、相続人に質問する権利を持っています。しかも刑事事件と違って、相続人には「黙秘権」がありません。税務署が調査すれば絶対にバレます。万が一にも誤魔化してはいけませんよ!
財産分割で揉めないためは?
私が15年間、税理士をしてきた中で、相続人同士が揉めたことは3件しかありません。税理士がしっかりとサポートすれば、分け方の難しい財産があったとしても、滅多に揉めることはないんです。
さまざまな事情ですぐには売れない家や土地などの不動産ですね。不動産の評価額が5千万円だとしても、実際にその価格で売れるとは限りません。それに仲介手数料や固定資産税も払わなくてはいけない。将来売ると20%ほどの税金を支払わなければならない可能性もあります。
だから、仮に2人兄妹で遺産を分けるときに、兄が不動産(評価額5千万円)、妹が現金5千万円というのは、平等な分け方とはいえないんです。そこで例えば「諸々の手数料や価格が下がるリスクを考慮して、お兄さんが不動産と現金1千万円、妹さんが現金4千万円で調整してはいかがですか」とアドバイスすることがあります。そうやって税理士が知恵をお貸しすることで、相続人同士が納得して財産を分けられることが大切なんです。
そうです。より正確には、知識というより知恵が必要なのです。知識があっても困ってしまうことがあります。例えば、2億円分の株式を2人で分けるとして、片方が「私はこれとこれの銘柄がほしい」と値上がりしそうな銘柄を指定し始めたら、いつまでも遺産分割が終わりません(笑)。こういう場合は、一旦全て売却して現金にすることをおすすめします。ほしい銘柄は、相続が終わってから自分で買えばいいんです。
株価が下がっている場合は、最も裕福な人が値下がりした株式を相続する方法があります。余裕がある人なら、株価が回復するまで、売らずに持ちこたえることができるからです。
民法が定める法定相続分は、ある意味、遺産を全て現金にして分けることを前提にしていると考えることができます。現実には、亡くなった方名義の家に妻子が住み続ける必要があったりして、必ずしもすぐ現金にできるとは限りませんよね。そこで、単なる知識ではなく、税理士の経験から導かれる知恵が重要になるんです。
正しい遺言書の作り方は?
最も良い方法は、遺言書を書くことです。どんな財産があり、誰に何を相続させるのか。それを最もよく知っているのはご本人ですから。
どんな遺言書でもいいわけではありません。妻に自宅を相続させる場合、遺言書に「妻に自宅を相続させる」と書くと、事務処理がとても簡単に済みます。しかし「妻に自宅を譲る」と書いてあると、相続登記をするために相続人全員の印鑑をもらわなければならない。円滑に名義変更など相続手続きが行われる遺言書を書くためには、専門知識が必要なんです。
遺言書をご自宅でこっそり書く人も少なくありませんが、文章の書き方で、ご自分が意図したことと反対の遺言になっているケースや、財産を受け取る人が確定しない遺言もあります。
公証人役場で作成する「公正証書遺言」にするのが確実です。公証人と相談して作成することもできますが、あらかじめ司法書士や信託銀行などに相談して遺言書の原文を作ってもらう人が多いようです。
もちろん、日本税務総研でも作成のお手伝いをしてます。気を付けなければいけないのは、遺産の書き方によっては、相続税を増やしてしまう場合があることです。相続人が遺産分割で不安や悩みを抱くことなく円滑に相続手続きが進められ、相続税も有利な遺言書を作成するには、ベテランの税理士に意見を聞くことが大切です。
遺言書で誰にいくら相続させるかを自由に決められるのは、原則として財産の総額の半分までということです。残りの半分は「遺留分」といって、法定相続人が最低限相続できる財産として、民法で定められています。
遺留分を侵害している遺言ですと、時に、調停や裁判に持ち込まれるなどご遺族に負担がかかってしまう可能性があります。専門家に相談しながら、注意して作ってください。「まだ先の話だよ」と先延ばしにせずに、元気なうちに書いておくことが大切です。万が一に備えて、愛する家族が困らないようにしておきましょう。
財産は「奪い合えば足りず、譲り合えば余る」
何百億円もの遺産相続を担当したこともありますが、お金がたくさんあるからといって人は幸せになるものではないと思います。1億円を持っている人が、1千万円を持っている人よりも幸せかというと、必ずしもそうではありません。お金は、ちょっと飲みに行きたい時に、お代が払えるくらいあればいいと思っています(笑)。
財産の分け方で揉めている間は、相続人は遺産を使えません。民法の改正で、未分割でも預金の一部を払いだすことができるようにはなりましたが、ほとんどの遺産は使うことができません。ましてや相続税の納付期限を過ぎて争い続ければ、納税資金に窮することにもなりかねません。
期日までに納税できなければ、延滞税を納めなければなりません。弁護士が間に入ると弁護士費用が掛かりますし、余計に争いが長引くこともあります。相続人にとって、財産を巡って争ってもいいことは何一つありません。
15年間、私が相続案件を担当してきて実感しているのは「財産は、奪い合えば足りず、譲り合えば余る。幸せは、なるものではなく、身近に見つけるものだ」ということです。奪い合って揉めてもデメリットがあるだけ。相続人同士が仲睦まじく財産を分けられることが一番です。そのためにお手伝いをするのが、私たちの仕事なのです。
編集 日向コイケ(Huuuu)
写真 友光だんご(Huuuu)